ルメイ将軍について

人生の中で、歴史に名を残した人物に直接会う機会はそう多くはありません。私がこれまでにお会いした中で、特に印象深い歴史上の人物が、アメリカ空軍大将のカーティス・ルメイ氏です。

ルメイ氏は、第二次世界大戦中にアメリカ軍の戦略爆撃を指揮した人物として知られています。日本の主要都市に対する大規模な空襲を指揮し、その結果、資料によって幅はありますが30万人から50万人ともいわれる犠牲者が出ました。またベトナム戦争では北ベトナムへの大規模空爆を強く主張した人物でもあります。彼の「ベトナムを石器時代に戻してやる」という発言は広く知られています。

私がルメイ氏と知り合った経緯は意外と単純です。子どもの頃、父の仕事の都合でロサンゼルス郊外へ引っ越し、現地の小学校に転校しました。そこで最初にできた友人がチャック君でした。そして彼は、ルメイ氏のたった一人の孫だったのです。

ある日、チャック君の誕生日会が開かれ、彼のお母様が我々の仲良しメンバーを連れて地元の水族館へ連れて行ってくださいました。その中に、まだ日本から転校してきたばかりの私がいたことに、お母様が少し戸惑った表情を浮かべた瞬間を今でも覚えています。

その後、お母様から私の父親の勤務先を尋ねられ、すぐに父に電話がかかってきました。内容は両家での夕食会へのご招待でした。そのとき初めて、チャック君の母方の祖父がカーティス・ルメイ氏であることを知らされたのです。この夕食会を機に、両家の交流が始まり、やがてルメイ氏本人ともお会いする機会を得るようになりました。

ルメイ氏は非常に寡黙な方で、食事の席でもほとんど会話に加わることはありません。

私は彼のニューポートビーチの入り江を見下ろす邸宅に何度もお邪魔しました。ご自宅には数多くの勲章や著名人と思われる方々との記念写真が飾られていましたが、当時の私にはそれらの価値はよく分かりませんでした。唯一、ケネディー大統領と撮影した写真だけは認識できました。

意外なことに、ルメイ氏は革細工を趣味にしており、一度、手作りのベルトをプレゼントしてくださったことがあります。

また、ある日、ルメイ氏が大腸の内視鏡検査を受けた際の話を聞かせてくれました。私はそのような検査が世の中に存在することを知らなかったので率直に驚くと同時に痛みは伴わなかったのか興味津々でした。

担当医は日系人だったそうです。そしてどこからが作り話なのかはわかりませんが、検査中に痛がるルメイ氏に向かって、その医師は「これは戦争の仕返しだ!」と言い放ったというのです。普段は無口なルメイ氏でしたが、その話だけは自虐ネタのように饒舌に、楽しそうに語って下さったことが印象に残っています。

ルメイ氏は1990年に永眠しました。チャック君とは今なおメールを交換する仲が続いています。チャック君は数年前にNHKの終戦を記念する特別番組にルメイ氏の孫として出演しています。

日本ではルメイ氏には複雑な思いを抱いている方が多いと思います。振り返ってみると、子どもの頃の何気ない友情がきっかけで、このような人物と直接交流する機会を得たことは、不思議な巡り合わせだったと感じています。

※上の画像は1980年前後のチャック君の自宅での夕食会の様子です。右から2人目の黒縁眼鏡の紳士がルメイ氏です。6人目は管理人の母親、7人目がルメイ夫人です。管理人とチャック君別室のテーブルでTVを観ていたことを覚えています。